Human Resources

「従業員エンゲージメント」の成り立ち

企業と社員の結びつきの強さを表す指標として、もはや定着した感のある「従業員エンゲージメント」。しかしながら、改めてその定義や成り立ちを問うと、研究者や調査会社によって様々な見解があることに気づく。そこで今回は、エンゲージメント調査の草分けであるウイリス・タワーズワトソンの見解を、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(2019年11月号)より抜粋させて頂く。

<参考>
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2019年11月号 <従業員エンゲージメント>
『人材争奪戦を勝ち抜くために 日本企業がエンゲージメント経営を実践する5つの要諦』より抜粋。
ウイリス・タワーズワトソン 取締役 岡田恵子 / ディレクター 吉田由起子

「従業員満足度」から「従業員エンゲージメント」へ

日本でよく知られてきた従業員満足度と従業員エンゲージメントは異なる。
所属する組織、職場の状況、上司、自身の仕事などについて、「従業員が自身の物差し」で評価をするのが満足であるのに対して、「会社が目指す方向性や姿を物差し」として、それらについての自分自身の理解度、共感度、そして行動意欲を評価するのがエンゲージメントである。

世界的には1990年頃を潮目に従業員満足度から従業員エンゲージメントに舵が切られた。
背景には当時、GE(ゼネラル・エレクトリック社)を率いていたジャック・ウェルチが中長期的に勝ち続けるために、従業員エンゲージメントを何よりも優先するように指示したことがあった、と言われている。

従業員満足度調査が下火になったもう一つの背景として、「従業員満足度が上がると業績も上がるのか」というシンプルな問いへの前向きな答えの検証がなされなかった、ということがある。

経営陣から見れば、従業員満足度調査の実施は、それなりの費用や時間の投入が求められる取り組みである。その結果から導きだされたアクションによって、業績が上がり、結果的に従業員への十分な還元が可能となり、さらに従業員への満足度が高まるという循環が生まれることが検証されなければ、そのj活動に投資続けることは難しい。
ただし、人間の満足には際限がなく、一つのことに満足しても、さらに別の不満が生まれ、期待値も高まる。

このことを考えると、従業員満足度と企業業績の連関性を検証するのが困難なのは道理といえる。

従業員エンゲージメントの概念が定着するまで

組織調査の始まりは1920年頃と言われている。
まず、従業員の態度や心構えを聞く調査から始まり、満足度調査もまもなく開始された。
第二次大戦後は、技術革新に伴う仕事や作業の単純化に伴う心理的満足についてフォーカスされていくことになったが、それと業績の関係はデータからは検証されず、従業員満足度と業績の研究や調査は次第に影響力を失っていく。

その後、従業員コミットメントやモラール、モチベーションやロイヤルティなど、さまざまな調査が実施されていった。
調査の根底にあるものは、従業員は企業にとって「コスト」あるいは「資産」という意識であり、「その資産をどのように活用し、最大化するか」という発想であった。

これが大きく変化するのがGEのCEOであったジャック・ウェルチがエンゲージメントの重要性について主張してからである。

それまでの考え方では従業員は会社の帰属物であり、組織のミッションやビジョン、バリューのベクトルは「会社・組織側の適切な施策により達成可能」と思われていた。
しかし、ウェルチが指摘した従業員エンゲージメントという概念が、従業員を会社の帰属物から従業員の待つ有形・無形の力を雇用契約を超えて投入してもらう「投資家」的存在と捉えるように変えた。

従業員は個々に経験や能力、スキルや意欲、興味関心を持っている。そうしたものを会社の成長ベクトルに向けていかに投入してもらうかの重要性が着目されるようになった。

組織のミッションやビジョン、バリューは、従業員のエンゲージメントを伴うことでのみ到達可能となる。
さらに、従業員エンゲージメントが高ければ、会社が想定した以上の成果を生み出す可能性がある、ということだ。

「組織コミットメント」ではなく「従業員エンゲージメント」

従業員の心理的な満足度と企業の業績の成長や業務生産性が関連しているという仮説の下、「この会社で幸せか」を問い、測定することが組織にとって重要視されていた。しかし、従業員の心理的満足度と企業の業績成長との関係性や因果関係が検証されることはなかった。また、この考え方が従業員視点のみにたつものであり、会社と従業員という視座ではないということもあり、従業員満足度の測定は1970年頃には下火になった。

1980〜90年代にかけて「コミットメント」という概念に注目がシフトしていった。特に米国を中心に発展してきた従業員調査であるが、日本においても、日産自動車のカルロス・ゴーン社長時代にコミットメントやモチベーションということが重視されていった。

世界的にコミットメントという視点にフォーカスが移っていった背景には、1980年代から90年代にかけての米国の産業構造の変化が大きく影響しているといえる。

製造業の比率が低下し、サービス業が伸びていく中で、終身雇用や長期雇用といった雇用の安全が揺るぎ、従業員たちはより将来の雇用機会がある仕事への移っていくことを余儀なくされた。彼らは、職から職へと移っていく中で、自身の持つ能力やスキルで会社に貢献すると同時に、新しいスキルや能力を身につけては、また、次の仕事に転職をしていく。

短期的な雇用サイクルの中で、有能な従業員も同時に辞めてしまうという現実は、組織の競争力に影を落とし、また、財務的な影響をももたらしていく。そこで、コミットメントを測定することのニーズが高まった。会社や経営陣が掲げる目標を達成するためには、従業員が会社にとどまり、目標達成のための施策にともに取り組み、やりぬいていくことが必要だ。そこで、意識調査の中で、まずもって「会社に留まる意思」があるのかを問うようになった。

そして、1990年代から2000年にかけて、変化する雇用環境、社会・経済環境、事業環境の下、企業の生産性や業績の成長に影響をもたらすものは何か、という研究において「エンゲージメント」が具体的に定義されていった。